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医療通訳の本当の意義について改めて

梅雨に入りアジサイの花の美しさに目を奪われてしまう中、テレビでは洪水による災害やコロナのニュースが続くなんとも対照的な今の日本です。

 災害に見舞われた方々のお見舞いを申し上げ、私の実体験した医療通訳とは何かについてお話ししたいと思います。

 

 まずは、私の背景からお話しします。私は3歳で初めての通訳を経験しました。「言葉は人を結ぶ」のだと実感したのはイタリアで開催された世界大会のカヌーの選手団に付いて、イタリア語と日本語の通訳を行った時です。

 当時3歳であった私は、今では2児の中学生の母です。その時から通訳期間を計算すると40年近いのでしょうか、言語はイタリア語からスペイン語に代わり日本の中学校の国語の教鞭をとる教師になるとは、自分自身も思っていませんでした。

 

 事件は、コロナの問題が持ち上がる前の昨年1117日に起きました。私は都内某病院で開かれた医療通訳の研修の後、夜の7時ごろ帰宅し、ゴロゴロしながら研修の内容を反芻していました。次女が母の携帯から電話をしてきました。「事故にあったの」震える声に、冷静さを失った私は「どこで?」と電話口に怒鳴っていました。場所は自宅から車で5分、最寄りの救急病院まで5分です。慌てて私は主人と弟夫婦と共に、事故現場を通り過ぎて病院に駆けつけました。

 娘たちとは病院で合流しました。娘らはむち打ちの軽い症状でしたが、母がCT室と思われる部屋へ運ばれてゆく姿を遠目にみながら、娘たちに事情を聞きました。車椅子の私は、救急隊員の求める書類にサインをし、母の所有する保険会社へ連絡をし、看護師の書類にもサイン、振り返るとよく片手で車椅子を動かせたなあと今でも不思議に思います。

 数分すると、医師らしき人物が、のちに病院の副医院長と判明したのですが、不機嫌そうに近寄ってきました。第一声は、「いちばん日本語ができるのは誰」です。主人の声をかき消すように「私です」と答えました。当たり前です、私は15年国語の教鞭をとってきたのですから、日本語も一流です。

 そこで、別室に招かれた総勢5名の大人、家族と医師で面談が始まりました。終始、主人へ向かって説明をする医師と、終始、主人から目で助けを求められて答える私の、三者間のやり取りの始まりです。皆さんも想像できる情景でしょう。医師は、結局「(検査結果が出ていないから)胸の骨折です」と言われました。私も医療通訳になり4年目を迎えていたのである程度の知識はありました。「それは肋骨ですか、胸骨ですか」と聞き返すわけです。不機嫌な医師の面談は1分程度で終了しました。ICUに入ることが決まった母親のところへエレベータで移動、医師は非協力的で家族の質問には答えないままICUの前で待機を命じました。そこで医師は不機嫌なまま、紙を一枚手にもって家族に説明を始めます。「骨折は、肋骨と胸骨です。」私も「肋骨は何本折れていますか、画像を見たいです。採血結果もしりたいです」と聞き返します。

 不機嫌な医師の態度に怒りを感じて、声を荒らげ答えたのは長女でした。「母は、医療通訳です。しかも、よく勉強しています。国語の教師でもあります。」と、その言葉に顔色を変えて新しい用紙を取りに慌てて戻る医師の後ろ姿を見ながら、不安しか感じられない自分でした。

 

 母はあそこで、どんな治療を受け、何をされているのだろう、ここの病院は大丈夫だろうか、完全に外国人差別を受けているのではないだろうか。

 まさか外国人の4人に1人は博士というこの都市の病院で、自分が医療通訳になってから今まで文章の中でしか読んだことのない差別的扱いを感じるとは・・・悲しい気持ちでいっぱいでした。

 私のこの4年間の努力・勉強・頑張りは、自分の家族がそう感じることがないようにとの願いも込めてのものでした。通訳としては誰にも負けないと自負する自分ですが、今は何もできず一番支えたい家族の近くで言葉の障壁を取り払うこともできない。なんて無力なのだろう。

 救急で運ばれる患者は病院を選べません。また、そこで行われる処置が適切なものでない場合でも、患者は我慢するしかありません。交通事故はこの国では頻繁に起こり、過失のない被害者でも、外国人であるだけで自分を守る手立てもないまま運ばれてゆくのです。そして、見えないところで差別を受けるのです。言葉の壁を理由に治療の内容も説明されず、意思決定も無視されるのです。『そんな悲しい思いを、他のに、人間に感じさせてはいけない。』私の心に怒りの火が付きました。『この病院を変えなければならない、私の住む都市がこのような下品な病院を崇めるような都市にしてはならない。私が、一流の意地を見せるには今しかない。』

 

 三日後私は、集中治療室でこの副院長に、医療通訳の意義と意地と誇りを見せつけることを決意し、通訳のボランティアを買って出ました。別室で外国人患者への対応の説明をしようとする副院長に私は、患者のベッドサイドで挿管の有無、必要性を通訳し、本人に決定させてください、意識はあるのですから、と促し無理やり連れてゆきます。早口で説明を始めようとする医師の言葉を遮りながら私は言いました。

「わたしは、医療通訳です。ここで話される内容はすべて通訳します。守秘義務は守ります。」

(Y.Y)