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自分の役割を信じて

 COVID-19の第7波といわれる感染状況の中、医療通訳者の皆様は日々お忙しいことと思います。私は看護の専門学校でコミュニケーションなどを担当していますが、外国人診療の現場の声を聞きたくてNAMIの活動に時々関わらせていただいています。

 今年(2022年)の春、多くの看護師養成機関ではカリキュラムの改正が行われました。社会の変化やニーズに応えるために、今回の改正では総取得単位は5単位引き上げられ、「地域・在宅看護」の学びの充実、臨床判断力や倫理問題に対処できる基礎的能力強化、ICT活用やコミュニケーション能力を高める、実習規定の自由度を上げる、などが改正ポイントとなっています。

 この「コミュニケーション能力を高める」対応のためでしょうか、私が授業をしている学校では今春から語学教育が大きく変わりました。新宿にある学校は中国語、韓国語、スペイン語などの授業を新たに導入しました。とはいえ非常に限られた時間数で全くの初心者に教えることができ、かつ医療事情に明るい語学講師、となると探すのに苦労があったようです。(ある言語は医療通訳者でもある講師が担当になりました!)一方神奈川の学校では“国際教育推進プロジェクト”として学内での実習の際に、異文化背景を持つ患者さんへの対応と英語表現を実践的に学ぶという取り組みを行っています。どちらの学校も形は違いますが、患者さんと長く接する看護師自身に“多文化に対応する力”をつけさせたい学校の狙いがあるのでしょう。

  多文化な医療現場にいる看護師が持つべき能力として、最も大切なことは何だと皆さんはお考えでしょうか。私は、様々な外国語を学ぶことや、患者さんへの声かけの英語フレーズを覚えることももちろん意味のある事だとは思います。しかしながら、ほんの数回の授業で患者さんから十分な情報を収集できるところまではいかないでしょうし、英語フレーズも英語話者でない患者さんには使えません。看護師国家試験に語学試験がない以上、是が非でも国家試験合格を果たさなければならない学生たちにとって語学は一部の“国際ボランティアや海外での就職に関心のある学生”のためのもの、という感覚も否定できません。ただすべての看護師に必要とされる多文化対応力というものがあるとしたら、それは”想像力“と”専門家と協働する力“ではないかと私は思っています。

  異なる言語や文化背景を持つ目の前の患者さんが、何に困っているのか、どんな気持ちなのか。何を伝えれば安心してもらえて、どういったサポートがあれば適切なケアを提供できるのか。相手の状況を常に想像する力、そして大切な情報を正しく伝えるために何が必要かを判断する力です。その判断のために、英語や外国語を学んで異文化を感じた経験は生かされるはずです。また相手の日本語の力に応じて話す「やさしい日本語」の運用も医療者ができる具体的なアプローチの一つです。私自身は、多文化対応力というのはまずはそういった自身のコミュニケーション力を駆使した上で、プロに託す領域を見極めることではないかと考えています。

  看護師は看護のプロであり、カウンセラーでも通訳者でもありません。業務の遂行のために必要な他のプロの力を借りることは当然のことです。医療の多職種協働と言われていますが、この職種に“医療文化と言語の仲介者である医療通訳者”も含まれているということを医療者側がしっかり認識するべきで、これは私が伝える事だと思っているのです。

  と、大きなことを語りましたが、実のところは世代の違う学生を前に悪戦苦闘中です。非常にあっさりとした、時に冷たくも感じる彼らの対人姿勢に戸惑うこともあります。それでも、将来成長した彼らが多文化な医療現場で信頼される看護師になっている姿と、そこに当たり前のように医療通訳者がチームとして存在する世界を夢見ながら、自分の役割を信じて小さな仕事を積み重ねる日々です。 (N.H.)